人間の本質 学び

「人は1人では生きていくことが出来ない」の本当の意味

投稿日:2021年9月6日 更新日:

皆様こんばんは。

書きたいことが多すぎるが故に書くことが出来なくなるという袋小路に陥っている今日この頃です。

それでも無い頭を使って少しずつエッセンスを絞りだそうと思いますので、今日の所はとりあえずこのテーマについて書いていきます。

人は1人では生きていくことが出来ない

まぁ当たり前と言えばそうなんですが、それがたたって普段は気にもされていないことのように思います。

外を出歩けばスーパーやコンビニが建ち並び、僕たちは容易くモノを買うことが出来ます。Amazonでポチッと注文すれば翌日に欲しいモノが届きます。

すごい便利な世の中ですよね。

でもその簡便さ故に僕たちは裏で多くの人たちの努力や労力を忘れてやしないかと思うわけです。

食卓に並ぶ数多くの野菜や米、魚、肉。

本来であれば半年から一年かけて田畑に張り付いて世話をしなければ収穫できない農作物、危険を冒して海に出ないと獲れない魚、誰かが屠殺しないと得られない肉。箸やコップもそうですね、どこかの誰かが原料を加工することで僕たちの元にやってきます。更に言えば加工や収穫に必要な機械、その機械を作るのにも必要となるネジの精製や鉄の採掘・加工、この他モノを運ぶトラックとその運転手、そして彼らが走る道路とその工事者等々。

小学校の国語の教科書に載っていた教材『一本の鉛筆の向こうに』のポディマハッタヤさんやトニーゴンザレスさんではないですが、僕たちの生活というのは数々の奇跡の、あるいは誰かの仕事の積み重ねの上に成り立っているのです。

※光村図書ー『一本の鉛筆の向こうに』

さてここまで書いて結局何が言いたかったのかって、「人は1人では生きられないのだから、謙虚さと他者に対する感謝の心を持とう」

……というのも勿論大事なんですが、今日は少し違う角度で話をしていきます。

「僕たちの生活は誰かの仕事の積み重ねの上に成り立っている」と述べました。この考え方、実は社会の基盤、更に経済の根本であると言っても過言ではありません。

人間は生きている限り、必ず何らかの「消費行動」を行います。

朝起きて顔を洗い歯を磨き、飯を食って会社に行き、仕事が終わったら一発シコって寝る。

割と平凡な毎日ですが、この中の1つ1つの行動に「消費」が行われています。

洗顔料、歯ブラシ、歯磨き粉、水、飯、電車、AV、ティッシュ等々僕たちは毎日何らかを消費しているのです。(余談ですが特に僕はティッシュの消費量が多いです)

消費すると言うことは「消費したモノ」に対してお金を払うということですから、「消費したモノ」を生産した人にはお金が入ってくることになります。

「誰かの負債は別の誰かの資産」という当たり前の原理原則ですね。(大きな視野で観れば「GDP三面等価の原則」と言えます)

そう、つまりあなたは消費しただけで誰かの所得を間接的に生み出している=あなたは生きているだけで何らかの形で社会に貢献している、と換言できるのです。

だからこそ、「人は1人では生きていけない」のであり、それは同時に「人は他者によって生かされている」ということにもなるのです。


 

以下、後書きです。

冒頭でも述べましたが、ホントね書きたいことが多すぎると逆に書けなくなってしまうんですよね(白目)

理由はわかっていて、関連することを全て同じ記事として書こうとするからなんです。

今回は「人は1人では生きていけない」というテーマを「人は生きているだけで社会に貢献できる」という結論に持って行ったわけですが、例えば「命の価値に優先順位はあるのか」「生産性のない人間に価値は無いのか」というテーマから「人は生きているだけで社会に貢献できる」という結論に繋げることも出来るのです(若干結論のニュアンスは変わるでしょうけど)。

これらのテーマを全て一緒くたにまとめて論じることも出来るのですが、各々のテーマで分かりやすい具体例が変わってくることもあり、どうしても僕の頭では文章の構成と推敲に時間がかかってしまうんですよね……。

だからこそ今日は割とシンプルに書いたんですけど、シンプルすぎてなんとも消化不良の感じも否めないという自己矛盾に陥っております(泣)。

今後、分割して書くを繰り返すことで僕が最もお伝えしたい「人間の本質・世界の真実」という本流に繋げていきたいと思っています。

それでは今日はこの辺で。

-人間の本質, 学び

Copyright© 日刊賢者Times , 2021 All Rights Reserved Powered by STINGER.